第六話



俺達はまた歩いていた。
長く続く草原を。

目的地には程遠い。
すでに俺達はこの単調な景色に辟易していた。





「なぁ」
「なんだ?」
「もう歩きはじめてどのくらいたつ?」
「さあ。かれこれ半日くらいは経つかな」
「ふぅん…」

さっきから同じ会話を続けている。
体力があるからと言っても、半日歩き続けてまだ目的地まで半分も行っていないというのは流石に厳しい。
しかし俺はこいつに弱音を吐く姿を見られたくない。
俺にもプライドがあるからな。

俺とこいつは俺のかつての師、コルクの元へ「紅く煌く石」についての情報を求め行った。
そしてどうやら向かっている場所に詳しい事を知っている者がいるらしく、そうして俺たちは今歩き続けている。

それにしても暑い。
こいつが今にも倒れそうだったので木陰で休むことにした。

「なんなんだよずっとこれ続いてるじゃん!」
こいつ、ノレンは木陰で仰向けに倒れこんで唸っていた。
「ちょっと休んだら行くからな」
俺がそういうとノレンは先ほどよりいっそうぐったりとして言った。
「まじかよ…」

20分程経ち、そろそろ行こうかと思いはじめた時、向こうから何かが近づいて来る音がした。
「……?」
よく目を凝らして見てみると、
「荷馬車、か?」
そう言った途端ノレンが目を輝かせて飛び起きた。
そしてその荷馬車に向かって叫びはじめた。
「おーい!ちょっと止まってくれー!おーい!」
まだあの荷馬車が安全かどうかも確認をしていないのに…。

ため息をついた。

その荷馬車はそのノレンの声に気づいたようで、こちらにゆっくり近づいてきた。
乗っているのは40半ば程の男て荷物が乗っていた。

「どうしました?」
荷馬車からその男が降りてきた。
俺が言葉を出す前にノレンが一歩前に出て言った。
「俺達さ、ティアッシュって村に行く途中なんだけどさ、手段が徒歩しかなくてさ、困ってたんだ」
「ほぅ」
「だからさ、ちょっと言いにくいけど…」
「私の馬車に乗せて欲しい、ということですかな?」
「そうそう!…駄目かな?」
男はそこで黙りノレンをなめ回すように見てから言った。
「いいですよ」
それに気づいてないらしいノレンはこの言葉を聞いて飛び跳ねた。
「やったな!これで楽に行けるぜ!」
「シャル、その前に礼だろ」
ノレンは俺が偽名を使った事だけには気づいたようで即座に切り替えて答える。
「あぁそうだった!…ありがと、めっちゃ助かります!」

馬車で揺られながら2時間たった頃だろうか、ノレンは心地好い単調なリズムで既に深い眠りについていた。
俺はそんなこいつの顔を見ながら考え事をしていた。


ノレンと出会ったのは今からちょうど一年前。
その時、あいつはまだ大人になりきっていないような幼い顔で俺の前に現れた。
「弟子にしてください」
あいつはそれだけ言って、目はこちらを向いたまま口をきゅっと結んだ。
俺は拒み続けたが、あいつは何度も俺の前に現れた。
何度も、何度も。
そこまで俺にこだわる理由が解らなかった。
だから聞いてみた。
するとあいつは今まで俺から目を離さなかったのに、一瞬遠くを見つめるような目をして言った。
(親と弟を、探すため)
その時ちょうど大きな戦争が集結したところであったので、俺はこいつも所謂戦争孤児というやつなんだなと思った。
だがそれにしてはあいつの目は異質であった。
両親と弟を探す、というだけにしてはその目に宿る執念はおかしかった。
だから俺はその場であいつを弟子にした。
それ以外に、何か心の奥底で引っ掛かったものがあったからだった。


目を開けるとさっきまでと大分景色が変わっていた。
飛び起きて周囲を確認する。
幸い眠りに着く前と景色以外何も変わっていなかった。
いつの間にか寝ていたようだ。
こいつは不注意で隙が多すぎると思っていたが、俺も大概だ。
とりあえず何も起こっていなかったことに安心する。
こいつと出会ってから俺は甘くなった気がする。
しかしそれはこの業界では死を意味する。
もっと気を引き締めて…。

不意に殺気を感じた。
前にいる男ではない、別の。

誰だ、どこかに俺達以外の人間が…。
ふと後方から物凄いスピードでこちらに向かってくる馬に乗った集団が見えた。
武器を持ち明らかにこちらを襲おうとしている。
「おい、」
手綱を引く男に声をかけるが馬車のスピードをあげようとしない。
心の中で舌打ちをする。
「シャル、起きろ」
こんな状況で呑気に寝ているノレンを起こそうとする。
しかしいっこうに目を覚ます気配がない。

まさか、

ヒュンと一瞬音がして俺のすぐ傍に矢が刺さった。
くそ!
「おい馬車を止めろ!」
また男に声をかけるがまるで何も聞こえていないかのように馬車は走りつづける。
と、いきなり視界が真っ白な煙で包まれた。
煙幕か…!
とっさにコートの襟で口元を覆う。
その間にも矢は飛んできていた。
ナイフでそれを切り落としながら相手を探る。
7、8人はいそうだった。
普段ならこんな人数たいしたことではないのだが、足場が悪い。視界も悪い。しかも何故か頭が重かった。
今周りに漂っている煙はほとんど吸っていない。ということは寝てしまった時に何かを嗅がされたか…
どっちにしろかなりの失態だ。
やはり男は黒だった。
そこでふと思い出した。
ノレンは?あいつは何をしているんだ?
素早く、隣にいるであろうノレンの方を見た。

そこには誰もいなかった。
相変わらず矢はこちらに容赦なく降ってくる。
視界の悪いなか目をこらしてよく見ると、馬車の手綱を引いていた男と他数人が馬に乗って立ち去ろうとしていた。
そこには眠ったノレンも乗っていた。
「くそ!…シャル!」

考えろ、考えろ。
俺は気配を殺した。
思考が定まらない。
ようやく奴らの近くまできた。
ナイフを短剣に持ち替えてある一人の男の背後に忍びより、

喉を掻き切った。

血が激しく噴き出したが、お構いなしに次の目標に向かう。
「なんだ、奴はどこにいる!?」
男達の混乱する声が飛び交う。

もう一人。
馬から男が落ちる。

「くそ!薬が効いてないのか?!」
そう叫んだ男の馬に飛び乗り、
「こんな薬で俺を殺せると思うな下衆野郎」
後頭部に短剣を突き刺す。

「ひ…ひぃいい!」
逃げようとした男に向かってナイフを投げると、ナイフは馬の足に当たり男は馬からほうり出された。
煙が少し晴れ、周囲を見渡すとノレンを乗せた馬と男達の一部はいなくなっていた。
「…っち、くそ!」
唇を噛み締めて、血が流れた。
それは返り血と共に混ざり解らなくなった。


「…ぅ……うぅ」
少し離れた所でうめき声がした。
見ると先ほど馬から振り落とされた男だった。
「おい」
声をかけると男は化け物を見るかのように怯えた。
「あいつはどこに連れてかれるんだ?」
「ぅ…」
「ぁあ?!聞こえねぇ、答えろっつってるだろうが」
「ひぃい!答えます!答えますから殺さないで!」
「答え次第でな」
男は唾を飲み込みこう答えた。
「…ティアッシュ村の裏にある奴隷市場です」
あの村に奴隷市場…聞いたことがないな…まぁあまり気分の良い場所ではないが。
「本当だな?」
「ほ、本当です!……これで助けてくれるんですよね?」
男が怯えながら上目遣いで俺を見てくる。
しかし俺は、
「……すまんな」
短剣を男に振り下ろした。

やはり俺はあいつに出会って甘くなってしまったのかもしれない。
「殺す相手に謝るなんてな」

俺は奴らが乗っていた馬に跨がり、手綱を握った。

奴隷市場に売られるのであれば早く助けないと取り返しがつかなくなる。
返り血も気にせず俺は馬を走らせた。

行く先はティアッシュ村へ。